大祓詞は平等の和が説かれて神様が民に申された詞

大祓詞は祓いとか守護とかのイメージがありますが
天津祝詞にしても同じ事で、穢れという負の思念や
不浄という人にあってはならん戒めの言葉だと思います。

その辺の正しき善なる想念と行動において
祝詞の本質を解いてみました・・・

(高天原に神留り坐す)
宇宙の中心には神々の光が集まります

(皇親神漏岐 神漏美の命以て:命以てはいらない)
光漏れる仲むつまじい男と女の形始めて

(神計りに計り給いて)
絶大なる光を何どもいただきながら

(我が皇御孫命)
じつは・・・

(豊葦原瑞穂の国を)
水の流れに恵まれる葦が生えてる所

(安国と平けく)
葦を屋根とした安住の家を築こう

(事依さし奉りき 此く依さし奉り)
日々、祖先を敬い壇上を作ろう

せおりつ姫はやあきつ姫いきふきど主はやさすら姫
(姫はいらない)

背を降り津や野は空き津に息吹き(耕す:土に息吹き)土主は矢を射す等
(戦での矢ではなく狩り)

こう考えたらおもしろいですね

全文を解いた訳ではありませんが、大祓は解読しないでいい文字や
当て字が組み込まれており、人に対する天の理と地の理を説いたものだと理解します。

美しき言葉を持ちて日の民よ 今、洗脳を解き放て