天命とは智力と行動があって動く

自分が本当に良いと思ったこと、本当に正しいと思ったこと

他人の言葉にごまかされたり、世間の風潮に流されたり、
何となく釈然としないのに「まあこれでいいんだろう」と
受け入れてしまう世の中です

多数決に寄ったり権威に踊らされたり、そんな中でも

本当に納得できる「自分の心の判断」を求め続ける
特にこれからの社会は精神的なものが見直されてくるようです。

しかし、これまでのスピリチュアルは雲を掴むような話でありましたが

現代においてもっともらしい理屈や教えを唱えても、
人は誰しもその偽りを見抜いていける時代でもあります。

人様を導くからには人から受けた恩の義理を忘れない仁義礼節を

備えないと自然な人格形成は伴わないものです。

まだまだ私も道中であり実践と学びに四苦八苦を求めるこの頃です。

それは宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し

たえず発展しているからです。心がけるには己の心が定め

生き様という宮柱を持ってないと「本当は何も知っていない」と思うのです。

万物に与えられたる、それぞれの本質を知り見出し
物心一如の真の繁栄を生み出すことができるという事と
その考え方、行動の起こし方、生かし活用をできる人を

参考ににし自分自身をよく吟味しなければ
新たな精神世界への旅路は遠回りとなるのではと思います。

天命とは智力共、外に出て行動を起こし、道定まらずば

心におさめ身も休めて、自らを養いすればいい

心身共々、動きたいと思った時が天命の始まりで
今、何もわからないと思う人は無理やり動こうとは思わず

万物という意識さえもっていれば
わざわざ話を聞かなくても生まれっもった神性があるのだから
あせらなくても良いと思います。

澤人、孔丘共に進むべし。

いつかは気が晴れる時は必ずくるのです。
これも万物なのですから。