ブログタイトルを木創算相への道から
「空の下、みな神様」に変更しました。

現在、我が身を振り返り神の道(御霊)とはを
あらためて執筆中であります

その中で「この世に存在するもの、すべて御霊
忘れていたような気がしました。

また天は色んな角度、方法ですべてが御霊という事を
教え覚しされてあるのかなと思います

今、伝えたい事として新しいタイトルで発信していこうと思います。

孝次朗

ブログ歴15年になります。いくつか消えたりやめたりしましたが
現在はこのブログで皆様に伝えたいことを書いています。
神様を謹み敬い40年、1つだけ確実に分かったことがあります。
すべては天も地も神も人も者も皆、同じでありながらも

天には逆らえないという事です。

また15年露天商生活しながら人を見ているとある共通点に気づきました。

人は誰もが安泰を求め時には心を病み、それでもなんとか
より良く豊で安全な生活を求め日々巡り、思いを不動にしようと
思っているところです。

それは心や肉体だけではなく外部(物質面)でも同じだと思います。

大きな災害やコロナを境に時代は大きく変換し、新しい社会構造に
変化しています。これまで社会の組織、枠組み、常識に守られ
生きていましたが、天の存在、意志だけは動かず変りません。

今一度、我々は何に生かされているのか考え改めていく時代でもあります。
そこにこれから自分達に必要な事が隠されてなりません。

しかし、みな様々な理由で日々の生活を守り維持することが
日夜精一杯の方もいます。

また優先順序や守るものがあり、それ以上に余計な変革や
リスクや労力をとれない方もいると思います。

そして、頑張ってる人を見て、「応援協力する人」と「妬みや無関心の人」や
自分の思いを正義とし他人に押し付け自己満足を優先し、
相手の気持ちは育まない、また支配下におこうとする

かたや、他人の思いを十分に理解し歩みより和を保とうとする
自身の満足より、真の慈愛で相手を気遣う事ができる
様々な人がこの世界で生きています。

どちらも、人間の本質的な欲望であり、その思いに
正しい悪いはないのは、それが自然だからです。

ただ、どちらに目を向けるかは自分次第であり
その主体を崩さないように生きる事が自己の自由であり
心の安寧に繋がっていくと思っています。

blogでは、お守りや神様のお話で「私は常に頑張って天の下を生きる人の味方」

という役でありたいと願っております。

これまで神様と共に歩んできた、時には挫折しながらも気づきや学んできたことを
このvlogで私の経験と言う知識や日々の気づきを共有し
生きる意味や輝きに満ちた日々を皆様と一緒に喜び合い
繁栄できればと思います。