天の日月の御示し始まり

ついに天のお示しが来たのかなと思います。

御霊を磨いて下されよ
持てる者は無くなり持たない者は持ち
天地が逆さま四ツン場

わしらとて、そうさせなくなく何とか元の元の親様に申し出ておるが
元の元の神様とて元の元の元の神様には逆らえん
元の元の元の親様の胸一つじゃ

御霊を磨き耐えれるようになるしかないの・・・

そんな話が聞こえてきそうです

今、神様の世界は後始末に忙しく新しい体制が始まってるのかもしれません

人間の世界では一つ二つ三つ、一二三で遅れているのでしょう

元の元の元の親様は人間を「人」にしようとのお考えかもしれません

間は「間:魔」魂が半分、魔なのでしょうか・・・

神書(二)をお読みの方はピンとくるかもしれません

天と人の関係です

月でさえ太陽には逆らえません。満月最高位になると元に戻っていきます
決して越えようとしません

今回の、世界的な事象は最終的に現世である人間の世界で現実化したのですから
これが陰謀論のような理由、自然での発生または世界計画の一部としても

現に起こってる訳ですから神の示しかなと思います

また、「祭り:奉り」をしない私達の原因かもしれないし
とは言っても騒動以前は、普通に実施していたのに・・・もあります

じゃ何が神の逆鱗に触れたのでしょうか

やっぱり真に「支えあう、思いやり、真心」しかありません
利権という根のしぐさは自然ではないのですが・・・

それも沿ってはいますが違うようです
天は「本気」です。

日本和暦700年代、大分(ダイブ)八幡宮の神のご神託で現在の
八幡宮大社に大神は移動されました

 

1200年代、蒙古襲来です

今、時世で八幡宮は封鎖されています

あの蒙古を神風を起こした大神の所です

放生会はありませんでしたが、他の祭りは慎ましく行ってるはずです

何でだろうと考えたのですが、現実に起こったそのものは重要ではありません
(人間の見識界では考えてないので私個人は重要ではありません)

問題は神への拝殿が出来ない事です

元の元の大神でさえ、天のお示しに従っているという事が重要だと考えます。

神書(二)に書いてる通りです。

慎ましく敬う

人間の世界では営業できない、それは死活問題です
私も最近、おかしいなぁ・・・と思う部分もありました

神事は問題ない、言動、行動は問題ない
お守り作らず、少し遊びすぎた(DIY)けど必要だったしなぁ
何が問題だろ?

でも、それで神の怒りに触れる事は今までかつてない、考えれない
また、神もそのような事をいちいち言わない

人間はどうしても現実みます
しかし現実前に精神があります

この部分が天地を這い蹲って四ツン場になりです
それでも御霊を磨いて下されよ

慎ましく敬えなんです
つまり、蟄居(おとなしく)していなさいという事です
世界全体が天中殺なんです。

天を中殺されているという事です

しかし、ちゃんと天は観ていてくれてます
慎ましく静かに情勢を待ち、その中で心を磨き見る

ですから今週、神事をしに行く予定でしたが様子を見ながらにしようと思います。
派手な事はせず、謙虚に過ごそうと思います
今までの経験上、直感でそう思います。

元の元の大神でさえ従っているのですから
これも関係です(神書)にのっています

すべての霊は従わないといけません
利益、利権な物も霊ですから破壊されます

こちらの世界では神が厳正始めた瞬間始まりだと見ます

何年後に終わるのかわかりませんが来年は一時的に復活と観ています
一時的です。

今までは儲け、蓄積、人気、権利、主張でしたが

大嵐の前に少しでも御霊(心)を考えた人が
残りそうです・・・

支えあう、思いやり、真心のような時代に仕事になればと願うばかりです。

現在の国の「まつり」の仕方を天は変えようと・・・
日本である為に。

世界はそれに追従していく

これが縄文以前の日本です。