解脱者は「今を生きる」その今とは

古来、日本人は常を神とし世を去った先祖を天とし
生きてきました。

これを神道と云い縄文から続いてます。

しかし、白村江の戦いで神道(かんながらのみち)はこれまでの日本人の文化や
言葉、文字、思想まで支配され焚き書にされました
神代文字もその時に捨てられたのです。戦勝国の特権です。

男は殺され女は奴隷または売られの暗黒の時代を私達の先祖は経験しています。

白村江の戦いとは

白村江の戦い(はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい)は、天智2年8月(663年10月)に
朝鮮半島の白村江(現在の錦江河口付近)で行われた。
日本・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍との戦争のことです。

まず知らなければいけないのが超古代、太平洋南方が天変地異が起き
人々は住む地を追われ北上し日本列島、世界にちらばりました

その中で代表的なネイティブアメリカン、ペルーマチュピチュの
祖先は日本人です。
特にインディアンは「かんながら」の教を受けています。

日本列島で平和に暮らしていた縄文人は再度の天変地異にみまわれ
やむなく郷地を追われます

ある部族は海上に住み(海神族始まり)またある部族は大陸に渡り
星の国、月の国まで渡ります

大陸では黄皇帝(日本人祖先:縄文人)の文化がはじまり、周、呉の国ができます
また朝鮮半島では高句麗ができますが、やがて血は薄れてきますが
それでも日本人の気質はまだまだ残っています。

戦、戦の時代で王家は日本列島に逆に避難してきます
これが日本の各王朝の始まりです

大ざっぱで説明すると以上なんですが後はご自身でご想像ください

新作です!

天は元に戻そうとして日本国の因果を長い年月で出しています
いずれ、何十年、何百年か先には元に戻るでしょう・・・
しかし、これは神の歴史であり「今」となっては解いてはいけない部分で
知るだけでいいのですが「気づかせる」事が天の仕事です。

ですから時代が下り自国の権威が消滅恐れがあるから焚書、破壊した訳です。

私達が知っている歴史上の有名人物は日本人の血を受継ぐ人かもしれません
秦までは・・・

やがて日本は天智から天武(九州人)に代わり度重なる侵略で国が滅びる
恐れがあるので王朝を筑後・うきは・久留米・朝倉・大宰府から大和に移しました

律令を行い新しい日本の誕生です

神道の国(かんながら)の国、民は神道(技)や(儀式・祭司)に別れた神道になっていきますが
庶民の云われ(先祖から受継いだ伝統、教)は民が静かに奉る神は消す事はできません。

一時的に「かんながら」は栄えます・・・戦国武将~家康まで「かんながら神道」でした
しかし、儀式・祭司の勢力に滅ぼされ消滅します。

神道に何々道という名をつけてはいけません。神の御名もしかりです。

「今を生きる」これが、かんながらであり、常が神であり常におわすも神

ここに言及したのが2500年前、「空」を説いたお釈迦さん(仏陀)です

あきらめて今だけを見なさい:生きなさい

これは今では誰でも主婦でも言っています

今を生きなさいの意味までは誰も言いません

「今」はもう、すでに過去なのです
一瞬、一瞬が「今」なんですね・・・

それは、あきあらめて執着せず一瞬である「今」を観ていくと
すべてが解ると言いたかったのですが
迫害されるから、途中で留めました。

それは「自己で学ぶ:自灯明」を教える為に途中で終わらせたのです。

ですから解脱者は何かパワーを持ってるとか術が優れてるとか超能力とか
そんな次元の低い者ではなく

執着せず今を観て楽しむ・考える・怒る・嘆く・喜ぶ・悲しむ・感謝する
食べる・寝る・子孫を作る

そのままを自然のままを生きてる人が解脱者

つまり、「神道:かんながら」を歩く人の事です。

あとの感覚はご自身で学んでください。

元々、日本人はかんながらであったと言いたかった訳で
それを説明するには歴史(真実)を知らなければいけなかった次第です。

でも今は解いてはいけません

それは神の御意思で天(神々)の仕事なのですから。