神様は今、忙しいみたい

新時代に向けて神床を変えました
全く考えも予想だにしなかった事がトントンと終わりました

これは神の示しだと思い実行しました。

現在は世界的に時代システムの変化をひしひしと感じます
せっかくの連休も遊びどころではありません・・・

様々な歴史が積み重ね毎に社会の変化もありました
神様の様子も変わったのか

一旦、神々は高天原に帰ったのかと思われます
人間の自力の時代だとお示しのようです

今、非常事態や防止事態ですが現実の現れにすぎません
事象として現れてるので経済的に戦略的に科学的に色んな論がありますが

みな、表だけ見てるのでしょうか・・・

それは自然の働きも神の事象で表現されます
個人の家庭においての事もすべて社会の営みも
神の事象がカタチとして反映されますから

この状態でどうしよう・・不満だ主張だと言っても
表(肉体)裏(霊体)の宇宙の仕組みを知ってる者は落ち着いて
行動、思考を働かせていると思います

私も現実世界で生きてるから時には表だけ観がちで困ったりもしますが

府都県市が自粛しなさいと云われてしてるのではなく
天に坐します神の意思のあらわれと思ってオトナシクしてますが
まぁ何とかそれなりに社会の次のステップに入れるよう四苦八苦しています

そんな中、神~人~神の流れが変わろうとしています
精神(クロス)の縦線

横線(社会・世界)はすでにもう以前みたいな社会は戻ってきません
正常状態になっても新しく変わった社会での日々となっていきます
すでに、もう準備から実行へと切り替わってるのかもしれませんね

その精神の線なんですが、これをシルバーコードと言います
霊線の事です。誰でも宇宙に繋がっています。

指令を常時、受けてるんですね・・・誰でも。

これから、繋がる人、繋がらない人になっていきます
日月のお示しでもあるように御霊を磨いた者とそうでない者と分かれる

今までは人の常識で神仏が動く

その中でも元の元の元の姿なき名前なき表現しようない大神が
いっぺん0に戻すという事が過去、何どかあったと思われます

大大~大~中~小と自然もろとも変えたと思います。

その大小の具合はわかりませんが、今回の世界システムの変り様は
神の何らかの意思と捉えています・・・

その何らかは何かというと・・・
やっぱり

清き赤き真心しかありません
変っていくから御霊を磨いてくだされよは
神々のこぼれ話が今世に表出したと思います

じゃ、どういう風に変るかといえば
神~人という関係がはっきり示される時の始まりだと思います。
それについては神書に書いてる通りですが

まず、大神にならい

自分がいて~鏡(自身)がいて~宇宙(高天原)より天下りし天照の神様がおわし
高き、たふとき、御霊のふゆの世界に繋がる元の元の元の神が坐します

ちなみに、この状態をトホカミエミタメと言います。
表現はたくさんあり祓いだけではありません。

そのカタチをあらわしました。

という事は神は天に坐します
この世には下りてくるだけ(限定で)

これについては神の道を探求始めた時からの感覚なので
当たり前的な感じです

今までは、そこにおわします
そこで拝めば良いとされた風潮がなくなっていく(すでになくなってるかも・・)

しかし、下りていらっしゃる

人、限定で

人の理屈と神の理屈は全くかみ合いません
合う時は神の自らの慈悲によるものです。エネルギーが消耗します

しかし、下りて良い人間ならば拝し場(ひもろぎ立てた場)に光がきます

この状態は平等なんですね

だから私も何のしがらみも捨て、ただただです。

これも神書に書いてますが古代の縄文よりの、正(聖)なる教を知り
知った者はすべての常の道に神はおわしますと真に魂に刻まれます

実践した者へとせばまっている気がします。

最近ではごく一般人が何らかの罪を犯して社会からつまみだされてありますが

人間の理屈では欲まみれの者(国津罪)が捕まり償い、神にはほど遠い性質と観ますが

神の理屈は先の先の人智では計り知れない神力を発揮なさいますから
選ばれた人でもあるかもしれません
ゆっくり御霊を考える事を天より提供されている訳ですから
そう考えてると人間を分けてます

人間逆さま、地をはいつくばって、よほど御霊を磨かんと
生きてはいけんぞ・・・

というのもあらためて分かるような気がします。

私もそうならないように、いつも理を念頭に過ごそうと
目立たずおとなしく謙虚に慎ましく

理は神も人も同じです

いつしか、人の理が行き過ぎたのですね

月は満月なると必ず下がります

太陽を超えることは決してしないのです

天照を諭した神様の教えでもあります

いつしか、利益社会から抹殺されたものです

まぁこれ位にして

ホント、予想もしない

ある日突然、こうしなきゃいけないと思いました

カタチそのものは重要ではありません

その形が大事なのです

わかるかなー・・・