山の神(大山津見神)こと

夏の山は人々が集まり賑やかになります
山に入る前は手を合わせ(心で合わせても可)て今から入山お許しくださいと
唱えると、無事に下山し楽しむことができます。

また、下りたら、ありがとうございましたと
御礼を言うのが「私の中でのルール」です

仮にそこが住宅地になってしまい
住んでいれば、この土地に住まわせていただいているという
観念を忘れずいると難は逃れるはずです。

特に山菜取りにしても草木の命をつむので同じです
そして食べる分、欲張らないが肝心ですね。

何事もなく食卓で天地の惠が与えられます

つむ・つみは見渡す、惠をつむからきています。

山は偉大で尊厳があり「神」でありますね
その娘は木之花咲耶

木を折ったり、小石一つ持ち帰ってはいけません
これも私の中でのルール

もし、霊山であればなおさらですが、水をいただくとなれば
山の道の入り口に必ず道祖神(山神)が祀られてありますので

無料で汲むなどもってのほかで相応のお賽銭をいれないといけません

つまり人間の勝手な理屈で山を観たらいけないという事ですね
山だけじゃなくとも自然形態はすべて

人も動植物も自然に生かされています

いつも気をつけてる事は
山に行けば山、川に行けば川、海に行けば海
道をはしれば天孫命

是やたがらす心得であります

その心得があるから日本は守られており神器と云われるところでもあります
なかなか、そのやたがらすをオカルトに考えれてるのが多いですね。

気持ちを入れるという事です
どこにでも神様はおわしますが・・・ここが重要点です

神様は常におわしません

常にいない?  何じゃらや?

「常におわしません:神書」を知ってるから、わざわざ参拝には行かなくなりました。

いく時は参拝という自分よりの観念ではなく
微力ですが神様をお慰め(敬い)させていただく為と、単純に観光だけです。

「常におわしません」この意味は凄く大事にしており神書を読まないと解けません。

さて、山の神様ですが

人の理屈でカミコワス

これはいけませんね。山は神ですから

近年、木材が高値上昇しています
木がなくなればカミいません

カミイリマセンになってしまいます

山がなければ科戸の神(間合いの神)がなくなりますから
雨風よけれず、雲を呼ぶことできず日照りは続き
カミイリマセンになります

おおみいつは入らないという事になり発展はおろか何らかの落とし前が発生します
だから昔の人は、むやみやたらに伐採はしません
特に土用は今でも森林業の方は重視していらっしゃいます。

人間の勝手な解釈と理屈で禍を呼び込むと「私の中では」気をつけています

日本に起こる事は世界で起こりまた日本で起こる

どうしてリピートなのかは
日本に起こる事は世界で起こるからです

ピンとこないかもしれません
世界に起こる事をできるだけ小さくしているという事で
また世界で起こることも小さく始まるようにと願っての神の計らいなんですね

この理屈を知らない人が多いのですね
興味があってもオカルトや教義に走る

世界平和は神の理屈を知る事にあります
日本を知ることでもあります

人間=+=神=+10=人間

この方程式はすごく大事なのです

天孫命は神国万民の為に万民は御下で生かされています
わが道は吾ではなく神の道であり、その道を行く吾は正ではじめて吾となる訳ですね

ちょっと難しいですね。私もたまにごちゃになります^^

先日、御陛下ご愛食のあるものをいただきました
恐れ多くも美味しくいただきました

そのお気持ちは大変嬉しく方程式の一部となります
神書をお読みになられてありますから、当然、すべてをおわかりです

福岡で言えば黒田の歴代お殿様は色んな地域に神社仏閣を献上なされてあります

それは神様にお目通しいただく為に入り口を建造したと理解しています

神の教え

2021年4月24日

それは民や藩の為に、個人にあてはめると子や先祖、子孫、自分の為に。

入り口は色んな方法はあると思います
最初は持ってる力はありましたが、そこで考え2回目、3回目を見込んで
その時の為にかなり節約しました借金も(笑)

その時はあまりピンとこなかったですが
時間と共にそういう事かなど知識が広まり今の私(まだまだ小童ですが)と
まぁ大体は知ってる

知ってるというか、一旦、一を知れば時間で十を自然に教えられなくても知らなくても
理解してくるんですね

ご先祖さんがここまで導いてくれてるのに気づかないんですね

山の神のお話と本質は同じです。

それにしても、山というものを(自然も)もう少し見直さないと
思いがけない横槍・災害が発生してもおかしくない地の動きと思います

我々、一般人はその心を大切にする
実際の動き、行動は官の人達や課せられた方にお任せして
心で祈りましょう

人間の理屈と神の理屈は大きく異なります
その中でわかりやすいのがお賽銭です

大義とその時、余裕があればケチってはいけません
神様に使ってもらいましょう

これも方程式の一部ですね。

謝々。

ここ何日かでこんなん作ってみました
私の近況の心を彫ったものです

自分は後回しでいいですので
お先にどうぞ。

わたしに陽と翼をください

「私に陽と翼をください」
これ以上の事はあなたが考える前から神様はお知りです。

シンプルでいい感じに仕上がりました^^