巡り縁

良い縁はどんな小さな縁でも大きな形に変わります
その縁は何がもたらすのでしょうか?

良い事ばかりではありません
悪い事も巡りは我が行いの巡りですから

いいとこ取りの引き寄せの法則などないと
私は理解しています

また普段、注意している事があります

それは車の運転です

特に脇道から本線に入る時と車間です

相手によっては急に入ってきてと怒り出す人もいます
十分なタイミング取っていても・・・
でもそれは、こちらの感覚です
ですから、相当な距離をつかむまでは面倒でも待機するように
心がけています

煽られる場合の最も多い、事故確率が高いパターンです
また、流れに乗らず遅い車が前を走っていても
我慢して走行し、面倒になったら道を変えます
これも煽られたというパターンになりますね

だから面倒な要素にならないよう気をつけています

ですから何事も縁を持ってきてくれるのは
「人」となります

良い縁も悪い縁も空から自動的に降ってくる訳ではありません
お守りを持ったからと言って福運・幸運が来るわけではありません

人を大切に情を持つ人に訪れます
また自身の行動を常に観察して反省すべき点は見直し
人からアドバイス受けたなら十分に取り入れ試してみる

一旦、そうですね、やってみますねなどの言葉を発したら
必ず後日、その人に、こうでしたよなど何らかの進展を言うようにしています

わかりました、やってみますね、そうですねという言葉は重いのです
責任ある言葉なんですね
これは人間関係での必須です

ただし余計以上はしないようにしています
過分になると嫌われます
そういう負のエネルギーを自ら何にしても作らないようにしています

これらも過去に様々に経験して言える訳なので精神や心というものは
神仏の教本などより身をもって実践する
その善と思う考え、行動が神仏なのです。
仁と義を忘れた者を山賊と言います。
賊に義などありませんから。

すべては人が自分にもってきてくれますから
良い者、良い物を選び自身の為に使う
使った経験での考えや良かった事などを人に分け与える

そこにお互いの良い世界や良い物事が生まれてくる訳です

私はお守りを色々、作ってますが
これを持てば例えば金運が上がるとか福が来るなどという一般的なお守りではありません

これを持つ人が良い知恵を出して心が負けないよう頑張れば
金運など自ら引き起こせる

健康のお守りにしても、持つ人が気力が増し
自身の力で病気に打ち勝つ心が芽生えますようにと

ただ、表現上に彫ってるだけなんですね

しかし、文明が進化したのでしょうか外側の中身だけ観る人が多くなった
気がします

そのような心が天気を生み、事故や事件を生み
誰もが誰もを目と口と耳を供えてあげる事が今、大切な事じゃないかと
思います。

誰もが気を付ければいいかと・・・
自らの心がすべてを作り出します
私のお守りはその心をできるだけお助けする物なんですね

気づいてくださいという「心」が入っています

ですから、他人が喜ぶ、気分を害しない、自分よりにならない心配りみたいなものを
持ってそれなりの善に努める努力をすると

おのずと良い縁がもたらされ巡りとなり、その「気」は膨らみ
その質量が形になる訳です

しかし、縁起物もたくさんになると本物に成り代わります
ここも不思議なもんですね

それはその「物」が引き起こしたのではありません
自身の切実なる思いが大きくなって実現と至る訳です。

人は元々、天より生まれながら「絶大無量の力」をもってる訳ですから

かのお釈迦さまも「心」を観なさいと云われています

すべては心が判断して脳が従うのです
心が善なれば脳も善脳になり、その形が生まれて来る要素になります

また生まれたものは時間と共になくなる

これを無空遠理一切と言います

なんか人間て面倒ですね^^

皆様、暑中お見舞い申し上げました!