神意

我々は何とか四九四九をふせぎようとしているが
このままでは世つんば這いつくばりものもの多くなろう

一二三より始まり四九四九と止めには致すが
すでに五六七となっては大神様も悩めるところ

火十と言って親神様が申されては大神様も
下川らず000じゃ

日継神示

北(北極)があって世の東から西の境があります私たちの社会です
社会には世の常識、人が考えたものがあります
そして南は精神の始まり
北から南へ神意が下され南の精神が北に上がります

その途中に交差した間が現実界です
東から西、西からまた東で動く間の「もの」が人間です

人間が考える事は様々な事柄があります
人によって秤の如く考え方も世の念も
北から南の神意には関係ありません

つまり人智では神の御心は通用しないという事です
もっとわかりやすく言うと天津御神が申された言葉は
何があろうが絶対なのです。

親神様の言葉にも一六一六ある
思うだけではふせぎようがないぞ
力をもどしてまたもらう

人智で考えるからものものはわからん

それだけの心が力となり五六七なぞ
ないようにせんといかん

ものものは東から西にさまよってばかり
手がさしのべれんから親神様出てくる

日継神示

我々も力が足りんから大神様は九六する
申し訳ないぞ

日継神示

生かしてこそ生かされることを
ものものはわからん
五六七というとるじゃろが
まだわからんのか

生かす生かされる心を親神様に届けんとな
なん十十に帰ってくる事がわからんようでは
五六七の先に進むのも親神様みての通りじゃ

この神意がわかるものが地を這いつくばる獣から
二本足で歩ける
晴れの二四も見れるというもの

まだわからんようじゃのぉ

生かしてみよ
いっぺん人智をすててみよ

己の欲
丸見えじゃ

見えんとわからん

しかしそのあと大いに生かされるのじゃ
これも親神様の神意

親神様の心しるものおるじゃろうが

なぜ海にでらんかのぉ

悲しくて大神様にも申し開きできぬ。

日継神示

昔ですね、私が知らない未知なる教え(知識)を
共有させてくれた術系の術系の先生と一時の間、お付き合いしていました

その先生が山口の師匠(先生の先生)の所まで車で連れて行ってくれないか?

先生どうしたんですか?

次から次に襲われて体がもたん
こんな状態で運転したら、もう最後でやられる

大丈夫ですよ、私がちゃんと先生を目的の場所にお連れしますから

福岡から山口まで燃料代もかかります
高速代もかかります。労力もかかります

その先生も私もお互い生かす生かされる関係知ってますから
私はそれにふれません
ただ、当時は私も俗世から離れていましたから生活環境は大変でしたけど
いいや何とかなるやろと・・・

そんな事よりもこの、今の今における受け身の状態に合う理由の方が
私にとっては大事な事でした

帰り、福岡に近づいた時、たくさん話が聞けました
暗黙の教えです

せっかく自身の学びが成長するきっかけとなる話が
今の自分にも役立っている
しばらくは困りましたが物理的なものは物理的で解決できます

神様は気まぐれの一面もあります
心から皇神離れ大御稜威の受付所が機能しない場合があります

二度とお戻りになられない場合もあります

日継神示のように人智では神はそっぽをむく場合もあります
何度も経験してきました
心に皇神が戻ってくるまでかなりしんどかったです。

神様が止めよとおっしゃったら従わないと天に逆らいます
その時は一切の岩戸が閉まります。