虚無神道行雲流水

虚無神道行雲流水
字の如くですね

「何事も一つに留まらず教えを知る」

神の教えは色んなところに在る
神、常におわしておわすなし・・・ですね

まだ紅葉は早いけど清水を汲みにお釈迦様と
菩薩様の所に行ってきました

お寺の中に入ると、少し肌寒い位で心地良かったです

神様(神道)なのにお寺?

と思う人いらっしゃるかもしれません
内側(心)で観れば神も佛も道教も酔っぱらいのオヤジの小言も神です
この境地が古神道でもあると思います。

神社に参拝、あっ祝詞だ、ご縁日だ(礼としては大事)と外側に囚われ過ぎて
自分の宇宙は大宇宙と同じだと思う事は得難い

私も思うところありで・・・自身の「悲」を戒め門徒(教)を開こうと思います

天に叶う(慈悲)

2021年10月1日

普段は本殿の扉は閉まってるのにタイミングが
良かったのでしょうか、ラッキーでした^^

いつもフレンドリーです

如来様、菩薩様、いつもありがとうございます

お久しぶりです。今日はお水をいただきに参りました
今日は天気も良く、如来様、菩薩様にとって良い日和で
ありますことお喜びお祈り致します。

と・・言って

かんぜおんぼさ~つ・・と18回言ってきました^^

最後に門を出る時、修行僧である日用比丘(ひようびく)に

ご挨拶合掌したら

心の戒めをいただきました

ありがたいことです・・・

慈悲というものは深いところにあれば目の前にもある

出かける前に急に筆を取り、下りてきた字をそのまま書きました


(也摩登の心、慈悲と書いてます)

ただ、久しぶりに水を汲みに行くという感じでしたが
思わぬ展開になり

神、常におわしておわすなし・・・

この記事書き、PFも少し書き直しました

あの日用比丘はただ者ではないぞと思いながら

帰りながら思うのでした・・・

めでたし めでたし。