古代の教え(神様と人間)の関係性

太陰対極、表あれば裏もありで 万物には陽と陰があります

見えない世界でも表裏があります

これから、神(自然)と人の関わりを書いてみたいと思います。

その中で人間は自然の一部でありながら心はどこから来るのかにも

興味がありますね・・・

一度、ブログに書いたのですがワールドプレスの操作ミスで

ブログごと消滅してしまいました。 神道の大元(十八神道)になっていますから

口伝で私が知った神様と人間の関係性をお話してみたいと思います。

自身の意識(智慧)を姿形ない神と自然とを合わせていけば

運は自在に操れ神通自在となっていきます

その前に神の本質についてと天の心が分からない人について

いつもご覧下さりありがとうございます。どうぞ続きをご覧くださいませ

 

神は天地に先立って天地を定め、陰陽を超越して陰陽を成す宇宙の本体。

また神は必ずしも超越的存在ではなく、世界(万物)の展開に内在しています

故に天地に在っては神、万物に在っては霊、人に在っては心であります

天地同根万物一体という事は神に超越性と内在性のすべてが神であり

私達がどこにいようが、いつであろうが、何を考えていようが

人に至っては心に在り、おわしますという事になります。

しかし、人間は観念、想念、信念を感情を持つ生き物であり

古代の人はその特性を戒めるために

神に対し三種の位を立てるようにしました。

三種の位

元神=日・月・星・辰等の神

託神=非情の精神

鬼神=人心の行い

この中で鬼神乱れると人々や国は破滅に向かいます。これが「今」

神仏の真を探求せず、目の前や足元に神がいるのを知らずして

欲気が漂い鬼神が騒いでいるのを国や自治体の性にするのが

今の私達です。ですから何かしてくれるものを神と捉えてる部分が大です

あの釈迦でさえ、天地の為に十二神を奉り、仏法の為に八十神を奉り

皆々の為に十八神を奉り、祭るこそ国・人の要諦であると説いたのですね

日本から月の国に渡った聖ですから

現代のイメージとは違いますね

 

もう、お分かりですね

釈迦が言う「彼」とは?

神書(一)~(三)に登場します彼の事です

彼は万物すべて人に彼をつけています。その彼はもう一人の自身です

守護霊とか守護神とかそんな低いレベルではありません

私達は最初の彼でもありますから神通自在であるのですね

その中で核があります

無常霊宝という高天原であり一切の陀羅尼(だらーに)呪文であり言霊の根本

 

四十七言を生み出す母でもある訳で言霊(言葉)のはじまりです

言葉に集中するために呪文という言霊(真言)が生まれます

言い換えると、正道善なる言葉、慈悲なる言葉は言霊となります

文字にしても同じです。

ですから言霊学で言霊とは?

生まれし親から教えられた普段使う言葉=神の言葉であり、と鳴り

天の神変となります。

そして神は天を起こします

天の姿=心

天の神変=日・月・星・辰を動かします。辰年、辰月、辰日に

     地震が多いのはこの為です。

天の神通=寒さ、暑さ、晦日を起こします

天の神力=雷鳴、風・雨を起こします

 

地の姿=心

地の神力=山、河、大地を動かします

地の神通=山、河の気を起こします。海の潮を起こし干潮、万物に気を運びます

地の神変=草木に枝葉を起こし、花を生じ実を結ばせる(成長変化を起こす)

人の姿=心

人の神力=拝し、供・印(身体的動作)

人の神通=読む・唱(口による活動)

人の神変=観・念・想(心の動き)

そして体・用・相の本質三義

体=天の元であり、地の元であり、人の元であり、実体・実性をあらわす

用=天妙(神変)、地妙(神通)、人妙(神力)

相=その姿、様相

3×3=9で、9にそれぞれ3があり27で1を足すと大日如来(宇宙)

28日となり、この日は古代より赤米(今は赤飯)を奉じます

清き白き心に赤い血を神に捧げる、これが赤米の由来

【ここで大事な事】

天は三義である神変・神通・神力を起こします

つまり上~下です

地を通じ人に促されます

だから人は喋ることが出来るし、動くことも出来るし、物事も起きます

すべては神が成せる技でもありますが

人の神力・神通・神変が乱れるとどうなるか分かりますね

天に影響する

そして天はそのまま地に下す、地は人に下す

天はやがて分からない人に分けて下す

地も従い縁を結ばせる

分からない人とは目の前の欲気、また事象に翻弄されている人の事です

空を観れば自然が分かってきます

自然が分かれば自身が分かってきだし、事象も幻で

自身を惑わすものになってきます

私が書く祝詞に外国の教えに惑うことなく清き赤きの意味は

国の外国ではなく目で見る表面の事を示します

時々、いたずらします

これ誰が求めるだろう・・・

あっここまできた、もう少し…とか一人で勝手に喜んでいます

 

ですから、釈迦はある言葉を人に教えたのです

これが三義の裏の教えです。

 

これだけおさえておけば、鬼神は通り過ぎ

心が欲気あふれる人間を探します

今、釈迦の教えが必要な時代です

これを末法弥勒と言います。

弥勒は釈迦であり、彼から二度目に、この世に下された

釈迦の教えそのものが弥勒菩薩となります。

最も手にして欲しいと思うシンプルな教えでありますね

私は20年前に出会いました

感動し、それまでの気づきは彼から崩されました

これが、あったからこそ神書をまとめる事ができました

だから、いつも苦(自身の神変)が訪れた時、この釈迦が残してくれた

シンプルなある言葉を思い出すのです

そして正道、正考を地を通り天に返します

天は喜びを感じ、その喜びは自身の神変で起こしてくれます

いまでも自身の核となっています。

まずは要点をお話しましたが、まだまだ続きがあり

これも一冊の書にできますが、少しづつ全容をメンバー記事で

アップしていこうと思います

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