禊と受け止めた

一難終われば、また一難を慎む。

是、長年の自分の戒めで
この連続で来たと思っています

世の中や世界には、この10倍も100倍も
苦労されてる人はたくさんいると思いますから
ジタバタせず静かに対処し慎む意識を大事にしています

先日の台風14号にしても、世間では色々と噂されていますが
愚の骨頂と申しましょうか、この世で起こる、経験する事は

生かされている証拠でもあります
また、不幸であったり、心が迷い先を観る事ができない
人に対して先祖の祟りだとか供養だとかも

それとこれは別物という考えです
先祖を敬い感謝する事は当たり前です
家系に落ち、血族の因を背負うのも当たり前

理不尽な事もあるかと思いますが、それも生かされてる
生かそうとする神仏の働きですので

自然に逆らってはいけません
謹んで受けて、苦をできるだけ、自身の手で考えで
なくしていこうとする気構えが神仏はお喜びにになると
私は理解しています。

ですから煽る事なく、あーだよ、こーだよと
教え諭し、少しでも心の不安を減らしてあげるのが
最も信頼できる先生でもあります

これは覚えておいてください・・・
仮に悪い因縁かも? と不幸と思える事象が人生上に
続いたとしても、生かされてる、生きよという令でもあり

天は望まれている事であり
また、そういう事象を十分に受け、対処できる力を
人それぞれに必ず持たされています。

これを足魂(葦魂=たるむすび、たるたま)と言います(満ち足りている)
ないと今、生きていません。

そこに気づく事が非常に大事であり
それこそが万物に対する自然な生き方なのです

生きてりゃ、そりゃぁーありますね
もういい加減にしてという思いが・・・
うまくいかないのが人生。

うまく伝わったでしょうか?
強い心と精神を持たないと

あなたの彼、彼女は悲しみます
そこで悪い言葉を吐いたり、行動すれば
あなたの彼、彼女は穢れます

これを日月の御霊磨きといいます
自分の御霊磨きに安易に他人に託していいのでしょうか

こういう事が分からない人、いると思います
御祓いしますよ、なくしてあげますよではダメなんです
私はそう考え理解に努めています
分からない人には教えてあげないと分かりません
道の途中は閉ざしては最後にはいきつけません。これ道理です。

さて、先週の14号は大変でした・・
雨が降ると、いつも玄関前は洪水です
風で飛んでいくものは、全部、土間になおし込み
雨戸も締め(木の雨戸は頑丈です)

電気、水道がダメになったらいけないので
いつもの、お寺に水汲みに行きました

そこで、いつも100円でもうしわけないです(笑)
住む地域一帯と、願わくば私の家も・・・と
仏さんにお願いしました

出口に開祖の比丘和尚の像があるので
お師匠さん、毎回、毎回、100円ですが
よろしくお願いします(笑)

ある時は持ってきますから・・・・と

てな訳で、ホームセンターにも寄り、準備万端にしました

土嚢作りの時、庭で土掘ってると、なんか大丈夫みたい・・・

そういう感覚がどこからか、下りてきます・・

いや、いかん!

神は観ている・・・

玄関を封印し、外にはもう出ない・・・

台風は「野分け:のわけ」と言って

夏の極みで不浄になった万物を雨と風で祓います
部屋の中を掃除機かけるようなもんです

その中に人の気もあります。

必ず、秋に来るのです

ですから、あとは静かに天の神様の言う通りで

締めククリ姫=菊理姫のことです

良し・これで大丈夫・終わったという意味です
スピリチュアルで言うような存在ではありません

締めくくったというでしょう・・・古代の日本語です
それが神の名となった訳です。

昔の日本人は、まずは自然万物それぞれが神として捉えていました
これを八百万神と言いますね。

個人名の神は実際に生きていた人で、「そのような人」で
神として敬ったのが神名の始まりです

ちょっと話がそれましたが、そうなんです。

家に入った後は静かに謙虚に楽しむのは控え
こういう時こそ、学びの時間ですからお勉強です

私は神代文字の秘伝を再度、練習しました
おかげで、筋肉痛が続いております

筆って意外と肩凝るんですね

ですから24時間中、精神の「禊」と思い蟄居しました。

また、災害や災難にあった所や人が悪いという訳ではありません

それが、あったからこそ、たくさんの地域が無難または小難に終わったのです

そういう感謝の気持ちを持つ事が神が下す野分けなんですね

家の神さんでもいい、近くの神社仏閣でもいい
住まう地域の神仏に「お願いします」という人がいれば

私は大難は中難に小難は無難になると思います。

禊の時こそ、学びの時間で回りや世間をよく観察する時です

明けには実りの祝いが待っています

今年の新嘗祭は大変重要です

年深くなるにつれ、社会はどうなっていくか先が見えません

来年は針でつつくようなもっと不安定が予想されます

ですから、観察が大変大事です

何でこんな事、言うのか・・という事も大事です
表があれば必ず裏があります

裏を考える感覚が求められます

だから、今、暴露とかいうキーワードが流行ってるんですね

無駄に起きてることではないと思っています

ここに書いた事や他のブログ記事もですが
もちろん、経験や学びもありますが

神代文字を書くと意識が純になり
不思議と知らない事も感というか

分かってくるんですね・・・
しかし、神代文字は生きていますから

邪な怪しげな事を同時に思考すると相手にしてくれません

何事も謙虚、和平という心が導いてくれます

でも、堪忍袋の緒が切れるという事も起こり得るのでは
ないかなと危惧します。

その時は天照の子孫が御声明を・・・

やっとそこで、神民が「徳を一にする」

でも、そうなっては・・・と思います

それは、己の生活、表の出来事優先し
大事なものは何か?

という事も表面だけの上の空が多いとも思いますが

それは神が決める事でもあると思いますから

私達、神民は謙虚で祈りと御霊磨きと言う学びが優先だと

思うのです

15号は何事も外れ、無事に野分けが終わりますように
神に願い奉ります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です